診断

私が「ギャンブル依存症」だと診断されたときのことについて。



大学4年目となった2014年度。


ベトナム旅行の甲斐もなく、帰国後もギャンブル漬け。4月には電気・水道が止まり、七輪で米を炊いて、流せない便器に屎尿を溜めるという生活が10日ほど続いたこともあった。あの時は部屋中が臭かったなあ。

そんな状況で勉学に集中できる訳もなく。この年も相変わらずホール通いとひきこもり。そんな中、停滞したここ数年では珍しく2つの動きがあった。



一つ目は、短期契約ではないアルバイトを始めたこと。

実家からの仕送りが打ち切られ母から催促されるような形で、嫌々ながらバイト先を探した。採用してもらったのは以前私が太客になっていた某宅配ピザチェーン。何かに所属するというのは野球部を引退して以降初めてのことだった。そこには現在も在籍して世話になっている。


そして二つ目は、精神科クリニックで診察を受けたこと。

こちらもやはり両親から催促されてのことだった。そうでもなければ精神科など受診しなかっただろう。なぜなら私自身は自分が異常だと思ってたいなかったから。いや、気づいてはいたが認めたくなかっただけか。

問診やチェックテストの結果、「あなたは『ギャンブル依存症』です」と診断された。医師に突きつけられる病名。想定はしていたが受けたショックの大きさが予想外だった。

さらに“要即入院”ときた。しかし本人の同意なしでは入院させられないということで、私はこれを断固拒否した。自分が病気だと認められないのに入院などできる訳がなかった。


今になって思えば、医療保護であろうと強制的に入院させられるべきだった。この時点で入院していれば、大学生活は違った結末を迎えただろうか。だが家族にはこの病気に対する知識がまだ無かったし、何より私を信じようとしてくれていた。タラレバ。



診断を下された数日後、初めて参加したGAの帰り道。

父に電話で、「ここに通い続ければギャンブルを止められそう」などと抜かしながらそのまま閉店一時間半前のホールに入っていくのだった。

医師推薦図書

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